第47代米国大統領に就任した直後、ドナルド・トランプ氏は連邦議事堂のロタンダ(円形広間)で、インフレ、移民、エネルギーに関する政策声明と政治における良識の必要性を訴える堅苦しい就任演説を行った。
それからわずか1時間後、全く異なる姿を見せた。議事堂の下層階にある奴隷解放ホールで生き生きとした演説を行い、2020年の「不正選挙」を非難、ペロシ元下院議長を「極悪人」と呼び、チェイニー元下院議員を痛烈に批判した。
最初の演説ではバイデン前大統領が発令した恩赦や21年1月6日の連邦議事堂襲撃事件の暴徒について語るべきではないと助言者たちに言われたと明かした。
「ホールでの演説の方がロタンダで行った演説より良かったと思う」と大統領は述べた。
1期目のトランプ政権での対立が、体制派と「MAGA(米国を再び偉大に)」の忠実な支持者たちとの間のものだったとすれば、今回の2つの演説は、2期目における綱引きの様子を垣間見させてくれた。
レーガン元大統領のようなレガシー(歴史的に評価される遺産)の可能性を秘めた政策上の勝利を収めたいという新大統領の願いと、復讐(ふくしゅう)と自己正当化への渇望との間の綱引きだ。
その緊張は、20日に発表された一連の大統領令にも見て取れた。そこには「米国第一」の政策を復活させるだけでなく、それを最も純粋な形に凝縮しようとするトランプ氏の姿があった。
国境を巡る国家緊急事態宣言や移民申請手続きの一部廃止宣言など一部の措置は、8年前よりも権力の扱い方に精通した大統領としての統治に重点を置いていることを示唆している。
同時に、トランプ氏が「1月6日の人質」と呼ぶ支持者1500人に対して恩赦を与えることも発表。これは前回の選挙と暴徒への取り締まりに対するしっぺ返しのようなものだ。
この2つの衝動は、トランプ大統領2期目の最初の100日間、そして2期目全体に、根本的に異なる道筋を示すことになる。政策領域内でも、綱引きのような状況が見られる。
トランプ氏は一連の関税導入を公約しているが、20日には通商政策を推進するための措置を慎重にしか講じなかった。恐らくは最初から市場を混乱させることを避けようとする姿勢を反映したものだ。
しかしその後、トランプ氏は大統領執務室で「メキシコとカナダからの輸入品に25%の関税を課すことを検討している」と発言した。
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政策協議に詳しい関係者によると、トランプ氏の側近や協力者は、トランプ氏のビジョンにおおむね賛同しているが、トランプ氏の2つの異なる本能をそれぞれ反映する派閥に分かれているという。
一方は、政策志向の大統領令と、政権が終了した後も政府にトランプ氏の足跡を残すような広範囲にわたる立法議題を優先するよう迫っている。
他方はトランプ氏を抑制と均衡から守る取り組みに固執しており、法的措置や弾劾を受けた同氏が復讐を果たすのに有利なポジションに立たせることを望んでいる。
トランプ氏の盟友や顧問らによると、元選挙スタッフの緊密なグループは政策の電撃的な展開を好んでいる。このグループには、史上初の女性首席補佐官に就任するスージー・ワイルズ氏、およびホワイトハウス内の一部の副補佐官や政策担当のトップ補佐官が含まれている。
ワイルズ氏は、トランプ氏の最初の政権で入れ替わり立ち替わり務めた4人の首席補佐官とは異なっている。トランプ政権1期目にはしばしば欠けていた規律とプロ意識をもって、24年の選挙キャンペーンを成功に導き、明確な信頼を得ている。
ワイルズ氏は共和党が上下両院の過半数を失う可能性がある26年中間選挙までの最初の2年間を、トランプ陣営は強い緊急性を持って取り組むつもりだと協力者らに伝えている。
トランプ氏の側近の間では、明言されないものの、政策に重点を置いた行動が共和党内でのレーガン元大統領のような地位を獲得する切符になるかもしれないということが暗示的に語られている。
保守派の旗手であるレーガン氏は、政治的には過小評価されていた元俳優であったことを踏まえると、トランプ氏がレーガン氏を模範とすることは自然なことだと見られている。
同時に、重罪犯として有罪判決を受けた人間として初めて米大統領となったトランプ氏は、抑制と均衡を妨げる人物を政府内に配置している。連邦捜査局(FBI)長官に指名されたカシュ・パテル氏などだ。同氏はFBIの独立性を低下させると予想されている。
キャピタル・ワン・アリーナで大統領令に署名しながら演説するトランプ氏
トランプ氏は20日夜のキャピタル・ワン・アリーナでの演説で、復讐心に満ちた一面を見せ「法執行の武器化を阻止する」ために、「前政権下での政治的迫害に関するすべての記録を保存するよう、全ての連邦機関に指示する命令に署名する」と述べた。
また、連邦政府における一時的な新規採用凍結を発令すると述べ、DEI(多様性、公平性、包摂性)推進の取り組みを打ち切る大統領令に署名した。
大統領は、自分が袖をまくり仕事に取り掛かっていることを有権者に示すために、早い段階で一連の大統領令を発することが多い。全ての大統領令が訴訟を起こされた場合に耐え得るかどうかはまだ分からない。
しかし、20日に発令された大統領令は、その広範さ、迅速さ、野心的な内容において注目に値するものであり、新政権が行政権の行使をためらわないという明確な兆候だ。
プリンストン大学のジュリアン・ゼリザー教授(歴史学)は「トランプ氏の2期目における主要な点は、まさに大統領権限の行使だ」と言う。「これはトランプ氏が以前よりも大胆になっている分野だ。同氏は自分が断固とした態度を取れること、そして自分の政党が自分を保護してくれることを理解している」という。
実際、トランプ氏と側近たちは、あり得ないような復活劇を演じた後、自信を深めてホワイトハウスに入った。
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大統領就任式で演説するトランプ氏とバイデン前大統領(中央右)
わずか4年前、議事堂での暴動事件の後、トランプ氏は共和党の同盟者や米企業から見捨てられた。バイデン氏の就任式への出席を拒否し、ワシントンを騒然とさせたまま、数人の若い側近だけを連れてフロリダ州の私邸「マールアラーゴ」に戻った。
その後、徐々に支持者を引き戻し、主要な対立候補を打ち負かし、献金者の支持を取り戻した。重罪での有罪評決は、トランプ氏の出馬に対する有権者の熱意をそれほど損なうことはなく、暗殺未遂から生き延びたことで支持者たちの間には無敵の感覚が芽生えた。
「私はその時、そして今ではさらに強くそう感じているが、私の命は理由があって救われたのだ」と、トランプ氏は20日にロタンダで行った演説で述べた。「私は神によって救われ、米国を再び偉大な国にする」。
今、同氏はより緊密な補佐官グループを引き連れ、幅広い有権者連合の支援を得て、そして両院を自党が掌握する中で、ワシントンに戻ってきた。 就任式では、ジェフ・ベゾス氏、ティム・クック氏、そして親しい友人であるイーロン・マスク氏といったビジネスリーダーたちが、トランプ氏の家族や閣僚候補者たちと共に着席した。これは、米企業の同氏に対する姿勢がどれほど変化したかを示している。
トランプ氏が政治的に勝利を収めるための道筋が楽なものだとは限らない。共和党は連邦議会で多数派を占めるが議席数は極めて僅差であり、党内の争いが主要な法案の成立を妨げる恐れがある。
多くの有権者が経済を最優先事項として挙げた選挙の後、トランプ氏が主に敵対者を攻撃することにエネルギーを費やす場合、同氏の支持率がどうなるかは分からない。
より専門的で組織化されたアプローチをとった場合も、混乱と無秩序を巻き起こす可能性は常に存在する。
「この種の混乱、破壊、絶え間ない騒乱状態の統治は全く終わっていない」とゼリザー氏は付け加えた。「トランプ氏はこれら全てが関連していると認識していると思う。目まぐるしく周囲を振り回し、その後、自分の望む方向に進むだろう」。
原題:Trump Shows He Is on Competing Quests for a Legacy and Revenge(抜粋)