毎日新聞 2025/1/16 東京朝刊 639文字
尹錫悦大統領への逮捕状執行のため、大統領公邸の門付近に集まった警察官=ソウル市内で2025年1月15日、AP
逮捕後、高官犯罪捜査庁に到着した韓国の尹錫悦大統領=ソウル郊外で2025年1月15日、代表撮影・AP
「大統領」の言葉が日本の公文書に登場したのは黒船来航後の1858年に締結された日米修好通商条約。4年前の和親条約ではプレジデントを「合衆国主」と訳した。「大統領」が定着したのは明治に入ってからだ▲君主のいない共和国自体なじみがなかった時代。選挙で選ばれ、交代するトップをどう訳すか苦労したらしい。中国では酋長や国主、統領、音訳の「伯理璽天徳」などを経て総統に落ち着いた。台湾も総統を使う▲ペリー提督が幕府につきつけた国書の和訳にも「伯理璽天徳」が「ブレシテント」のルビ付きで使われている。大統領も漢語が元だろう。1948年から共和制を採用した韓国でも大統(デトン)領(ニョン)と呼ばれる▲その隣国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が逮捕された。昨年12月の戒厳令発令で不訴追特権の対象外となっている内乱を画策した疑いが持たれている。尹氏を含め13人の歴代大統領中、現職で身柄を拘束されたのは初めてだ▲3日に捜査当局が逮捕状執行を目指したが、大統領警護庁の抵抗で果たせなかった。国家の実力機関同士が衝突する事態が避けられたのは何よりだが、尹氏は「不法に不法を重ねた不法」と捜査当局を批判し、徹底抗戦の構えだ▲韓国語の「オギ(傲気)」は負けを潔しとしない豪気さを指し、美徳ともされるらしい。日本人にはわかりにくいが「籠(ろう)城(じょう)」が続く間に大統領や与党への支持が増えたのもそのせいか。憲法裁判所での弾劾審理の結論が出るまで韓国政局の行方は予断を許さない状況が続きそうだ。