特集:DeepSeek(DeepSeekは生成AIとAI半導体の転換点となるか) | トウシル 楽天証券の投資情報メディア

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。 著者の今中 能夫が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。

特集:DeepSeek(生成AIとAI半導体の大ブームの転換点となるか)

本レポートに掲載した銘柄:エヌビディア(NVDA、NASDAQ)ブロードコム(AVGO、NASDAQ)マイクロソフト(MSFT、NASDAQ)アマゾン・ドット・コム(AMZN、NASDAQ)、アルファベット(GOOGLGOOG、NASDAQ)、セールスフォース(CRM、NYSE)サービスナウ(NOW、NYSE)IBM(IBM、NYSE)ディスコ(6146、東証プライム)アドバンテスト(6857、東証プライム)

1.「DeepSeek」とは何者?これまでにない安い開発費でOpenAI並みの高性能生成AIを開発した。

今回の特集は「DeepSeek」です。DeepSeekについては、1月27日付けトウシル緊急動画「DeepSeek、神か悪魔か」において、その概要と半導体、ITセクターに与えるインパクトを説明しました。しかし、情報が不十分であったため、十分な分析はできませんでした。今も情報は不十分ではありますが、ある程度その実像が掴めてきました。

なお、すでに2024年10-12月期決算発表シーズンですが、半導体、IT関連企業の決算レポートは来週以降に掲載します。DeepSeekの分析を先に行わなければ、半導体、ITセクターの主要企業の評価は難しくなっています。

まずはDeepSeek出現から振り返ってみたいと思います。

2025年1月20日、中国のAIスタートアップ「DeepSeek」は大規模言語モデル「DeepSeek-R1」をオープンソース(MITライセンス)で公開しました。個人利用だけでなく(個人は無料で使える)、商用利用も可能です。API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース。ソフトウェア、プログラム、Webサービスの間をつなぐインターフェースを指す)も有償で公開しており、安い価格で使うことができます。

DeepSeekはApp Storeで公開された後たちまち人気となり、1月24日には中国でApp Store無料ダウンロードランキングで1位に、27日には米国で1位になりました。DeepSeekが1位になっている状況は今も続いています。

性能は、OpenAIの最新モデル「o1」と同等性能を持つというふれこみで、ベンチマークテストの結果も良好です。

DeepSeekは、今のところ、対話型AIです。文書生成、ChatBot、プログラミング生成などに使う生成AIです。ただし、会社としてのDeepSeekは、1月28日に画像生成AI「Janus Pro」を公開しました。「Janus Pro」はOpenAIの画像生成AIである「DALL-E 3」を上回る性能を持つとアピールされています。これもオープンソース(MITライセンス)で公開されています。

もっとも、公開されて時間が経つにつれて問題点もわかってきました。例えば、尖閣諸島はどこの国の領土かと質問されると、DeepSeekは中国領ですと答えます。これでは日本の企業は使えません。

質問に対する正答率についても疑問が呈せられており、情報の信頼性評価を手がける米ニュースガードが29日に公表した検証リポートによれば、ニュースや情報に関する正答率がわずか17%と、OpenAIの「ChatGPT」やアルファベットの「Gemini」など米欧の11の生成AIとの比較で11アプリ中10位でした。質問に対して中国政府の回答を繰り返すということもあった模様です。これに対しては、DeepSeekは中国企業であり、「DeepSeek-R1」は中国産生成AIなので、米国を含む自由世界における意味でまともな回答をするような修正が可能かどうかわかりません。ただし、DeepSeekが世間に出て間もない生成AIであることは考慮する必要があります。

2.DeepSeekはどのように開発されたのか。1世代前のAI半導体を使い、「CUDA」を使っていない。

DeepSeekの開発費は約560万ドル(約8億6,000万円)と言われています。これはOpenAIなどすでに生成AIを開発して実用化している会社の開発費の数十分の1です。OpenAIを始めとした大手の生成AI開発会社は1兆円を超える資金を集めています。DeepSeekが発表した論文によれば、エヌビディアが中国向けに性能を落として開発した「H800」を2,048個使っただけで、OpenAIの「o1」に匹敵する性能の生成AIを開発できたということです。

「学習」のやり方も独特で、他の生成AIと比較して様々な工夫を行い「強化学習」のみで学習しています。また、「Knowledge Distillation(知識蒸留)」と呼ばれる手法を採用しています。これはOpenAIなど同業他社の大規模言語モデルを「教師役」として使い、その膨大な知識やパラメーターを直接受け継ぐことによって、より速く効率的に開発する手法です。ただし、OpenAIの利用規約ではデータ抽出を禁じているため、この手法を使ったことは不正行為であるという疑いをもたれています。

また、開発費についても疑問を持たれており、1月28日付けでネットメディアの「ITmedia AI+」は、米CNBCが米国のAIスタートアップ、Scale AIの社長によるコメントとして、DeepSeekがNVIDIAの「H100」を5万台確保している可能性があると報じたとしています。H100の価格は日本では1基500万円以上します。5万台全てを学習に使った場合、GPU代だけで2,500億円以上になります。学習した素材がOpenAIのデータだけでなく、自社でH100を使って学習したものも含まれている場合は、DeepSeekが言っている約560万ドルよりも相当大きい開発費が必要になったと思われます。ただし、中国国内ではエヌビディア製GPUの入手は困難になっていること、OpenAIを含む米国の大手生成AI開発会社は1兆円以上の資金を集めて生成AI開発に使っているため、仮にH100を5万台使ったとしても、安く開発できたと言えます。

なお、一部のネットメディアでは、米国の大手生成AI開発会社、アンソロピックのCEO、ダリオ・アモデイ氏の分析として、DeepSeekは約5万台のエヌビディア製AI半導体(中身は、H100、H800、H20の3種類)を保有しており、その総額は推定約10億ドルに達するとしています。そして、この投資規模は、米国の主要AI企業の計算用インフラストラクチャーと比較しても、わずか2-3倍の差に収まる範囲だとアモデイ氏は分析していると報じています。ただし、私見ですが、生成AIはインフラ構築に要する金額が大きいため、この2-3倍の差はかなり重要だと思われます。

また、(仮にH100を使っていたならば)H100という今から考えると旧式のAI半導体を使ってOpenAIの最新型生成AIに匹敵する生成AIを開発することができたということにも注目すべきです。

開発のやり方にも特徴があります。エヌビディア製AI半導体を使って生成AIを開発する場合、通常は「CUDA(Compute Unified Device Architecture。クーダ)」というエヌビディアが構築したソフトウェア開発支援ソフトを使います。非常に優秀なソフトですが、価格も高いと言われています。ところが、DeepSeekは「CUDA」を使わず、PTX(Parallel Thread Execution)と呼ばれるNVIDIAのGPU向け仮想アセンブリ言語を直接書いてGPUのプログラミングを行っています。通常は、CUDA → PTX → SASS(ハードウェア実行コード)という流れになりますが、CUDAを使わず、PTXをいきなり使ってプログラミングしているのです。これによってコストを削減するとともにGPUの高速化を実現しています。ただし、かなり水準の高い開発者が必要になります。

もしこのやり方が開発手法として確立されると、低コストの生成AIが幅広く実現する可能性があります。

3.DeepSeekの生成AIへのインパクト。低価格生成AIは生成AI普及を促進するだろう。

DeepSeekの「学習」には、OpenAIのデータ抽出という不正行為があったのではないかという疑いがあります。そのため、開発費560万ドルという数字には疑問があります。ただし、仮に上述のようにH100を5万台使ったとしても、OpenAIよりは安く開発できたと思われます。米国の大手生成AI開発会社の概ね半分以下の費用で開発できたのではないかと思われます。

従来は数千億円の開発費を投じていたものが半分以下で済む場合、生成AI開発会社の開発計画と、その生成AIを企業システムに組み込むことを検討している企業ユーザーの情報化投資計画は練り直しになると思われます。もともとの予算が大きいため、それが半分であっても差額が大きくなるため、浮いた資金をどう使うのか、そもそも本当に開発費用が半分以下になるのか、十分検討する必要があるためです。

また、生成AIの開発も超高性能AI半導体を大量に使った超高性能生成AIの開発だけでなく、十分な性能で価格が安い生成AI、マルチモーダル(生成AIの中で対話、文書生成、プログラミング生成、画像生成など複数の役割を行う生成AI。OpenAIの「GPT」シリーズやアルファベットの「Gemini」はマルチモーダル)ではなく、ChatBotなど個別機能に特化した生成AIなど、複数の開発計画に枝分かれすると思われます。特に低コスト生成AIの開発には資金が集まると思われます。

DeepSeekをそのままの状態で欧米と日本の企業が使うことは現時点では考えにくいですが、その国に適合するように追加学習を行うケースもあります。日本ではサイバーエージェントが追加学習を行ってDeepSeekを公開しました。また、米国ではマイクロソフトが早くも世界第2位のクラウドサービス「Azure」の顧客向けメニューに「DeepSeek-R1」を入れました。AWS(アマゾン ウェブ サービス)、グーグルクラウドが追随するか、注目されます。

DeepSeekが大手クラウドサービスの顧客に受け入れられた場合には、大手企業だけでなく、中堅・中小企業に生成AIが幅広く普及することになる可能性があります。ただし、生成AIが金額面の高成長が実現できるか、不透明感はあります。マイクロソフトがAzureにDeepSeekを受け入れた背景には低価格生成AIの需要が大きいため、幅広い顧客を集めることができ、DeepSeek単独での使用だけでなく、顧客企業のシステムに組み込む需要を取り込むことができるという目論見があると思われます。

4.AI半導体の成長率が鈍化する懸念も。

DeepSeekが約2,000台の「H800」にせよ、一部のメディアが報じたように相当量の「H100」等を使って学習したにせよ、1世代前のAI半導体を使って学習したことは変わらないと思われます。コストパフォーマンスの良い「Blackwell」を使えば、さらに安い資金でシステムが構築できる可能性があります。

ただし、低コスト高性能生成AIが普及すると、従来予想されていたよりもAI半導体の成長率が数量ベースでも金額ベースでも鈍化する可能性があります。また、AI半導体の需要の中心が、エヌビディアの最新型AI半導体「Blackwell」で言えば、エヌビディアが売りたがっていると思われる性能が高いが価格も高い「GB200」「GB200NVL72」よりも価格が安い「B200」「H200」にシフトする可能性もあります。

5.株式市場での評価。生成AIユーザー企業には朗報。AI半導体関連には注意が必要。

表1は、今回のDeepSeek騒動が起きる前、2025年1月23日と1月30日の米国、日本の株式市場における終値を比較したものです。今は日米ともに2024年10-12月期決算発表シーズンなので、株価に業績と企業が示す業績ガイダンスが反映されている場合があることに注意する必要があります。

表1を見ると、最も下落率が高いのがエヌビディアのマイナス15.3%、次がアドバンテストのマイナス12.5%、マイクロン・テクノロジーのマイナス11.8%となっています。AI半導体と半導体製造装置に下落率が大きい銘柄が多いという結果になっていますが、これは当然とも言えます。

一方、上昇した銘柄は、IBMがプラス14.3%、メタ・プラットフォームズがプラス7.9%、アップルがプラス6.2%となっています。これらの企業の特徴は生成AIを自社開発してはいますが、低コスト高性能生成AIが出てくれば、それを受け入れることによって自社のコスト低減につながる企業であり、生成AIユーザーまたはシステムインテグレーターであるということです。ちなみにIBMは減益決算でしたが、会社予想を上回っており、ソフトウェアが増収でした。

これについてクラウドサービス会社の株価を見ると、エヌビディアと並んで生成AIブームの中核企業であるマイクロソフトの株価はマイナス7.1%でした。Azureの増収率がわずかですが低下しました。一方で、自社製生成AIでは出遅れたアマゾンはマイナス0.3%とほぼ横ばいでした。アマゾンにとって低価格高性能生成AIの出現は自社のサービスメニューを多様化することに繋がります。また、クラウドサービスの構成比が低いアルファベットはプラス1.5%、生成AIを早期に社内、顧客サービスに取り入れて成果を上げてきたセールスフォースはプラス2.7%となりました。ただし、同様に生成AIを早くから事業に取り入れてきたサービスナウは業績ガイダンスが株式市場の見方よりも弱かったためマイナス10.7%となりました。

DeepSeekに対する評価はまだ固まっているわけではありませんが、大きな流れとしては低価格の高性能生成AIは生成AIユーザーを大きく拡大することになることはわかってきたと思われます。そのため、株価は下がっていますが、マイクロソフトがAzureにDeepSeekを受け入れる決断をしたことは間違っていないと私は考えています。クラウドサービス大手3社、マイクロソフト、アマゾン、アルファベットと、生成AIユーザーである、メタ・プラットフォームズ、アップル、セールスフォース、IBMの株価には注目したいと思います。

一方で、AI半導体と半導体製造装置関連銘柄については、低価格生成AIが普及することで、高額なAI半導体の売れ行きが鈍り、AI半導体の金額ベースの成長率が鈍化することが懸念されます。半導体製造装置にも、特に後工程のアドバンテスト、ディスコに影響がでる可能性があります。ただし、低価格生成AIに大きな需要が集まれば、比較的安いAI半導体の需要が大きく増加する可能性があります。

このような見方をすると、AI半導体と半導体製造装置関連銘柄については、いったん売却かポジションの縮小を検討したほうがよいと思われます。あるいは、十分下がったところで再度投資するという考え方です。焦点は2月26日のエヌビディアの決算発表で、ここでどのような業績とガイダンスの数字がでてくるかです。

また、クラウドサービスと生成AIユーザーについては、銘柄を選んでですが、投資を考えてよいと思われます。

表1 生成AI、AI半導体関連銘柄の株価推移

単位:ドル、円、%

出所:楽天証券作成

本レポートに掲載した銘柄:エヌビディア(NVDA、NASDAQ)ブロードコム(AVGO、NASDAQ)マイクロソフト(MSFT、NASDAQ)アマゾン・ドット・コム(AMZN、NASDAQ)、アルファベット(GOOGLGOOG、NASDAQ)、セールスフォース(CRM、NYSE)サービスナウ(NOW、NYSE)IBM(IBM、NYSE)ディスコ(6146、東証プライム)アドバンテスト(6857、東証プライム)

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