トランプ米大統領による世界規模の貿易戦争が始まった。同氏は1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%、中国からの輸入品に10%の追加関税をそれぞれ賦課する大統領令に署名。米国の二大貿易相手国に対し、違法薬物と不法移民の米国への流入を阻止するよう要求している。
中国についても、犯罪組織による麻薬取引や資金洗浄を阻止するための取り組みを怠っていると批判する。しかし、関税を使った「いじめ」は裏目に出るだろう。
違法薬物の取引を厳しく取り締まるというトランプ氏の姿勢は間違っていない。米疾病対策センター(CDC)によれば、米国では1990年代後半以降、薬物の過剰摂取で100万人余りが命を落としている。ここ数年は毎年10万人超が死亡しており、その多くは合成麻薬のフェンタニルが原因だ。有権者にとってもフェンタニル対策は重要課題の一つであり、財政赤字削減や雇用市場改善よりも優先度は高い。
しかし、フェンタニル問題もしくはそれ以外の問題でも、解決に向けた真の前進を米中間で起こしたいのであれば、必要なのは協力であって対立ではない。中国側は、米国が「恣意(しい)的な追加関税で他国を脅すのではなく、合理的な方法によって」自力でフェンタニル危機を解決すべきだと表明。フェンタニル対策における両国の協力関係は貿易戦争で台無しになる恐れがあるとしている。今回の10%の追加関税について中国は世界貿易機関(WTO)に提訴する方針だ。
ただ、トランプ氏は予測不可能であり、これら追加関税の発動が土壇場で見送られる可能性は十分にある。実際、コロンビアに対する緊急関税は一転保留となった。米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の報道によると、中国はトランプ政権との貿易協議に向けて最初の提案を準備している。同案で中国は輸出支援のための人民元切り下げは行わないとあらためて表明する見込みで、フェンタニル前駆体の輸出削減の確約も含まれるという。差し当たり、トランプ氏の考えを変えるにはこれで十分かもしれない。
外交努力や同盟構築はゼロサムのディールメイキングに取って代わられた格好だ。トランプ氏の主な支持層である有権者の多くにとって、関税による物価上昇が始まるまではそれで構わないのかもしれない。その間、彼らは物事を成し遂げるタフなリーダーの姿を目にするだろう。しかし、ソーシャルメディア上で良い印象を与えることが実際に真の変化をもたらしていると考えるのは賢明ではない。特に中国に関しては、その傾向が強い。
週末にパナマを訪問したルビオ米国務長官は、パナマ運河における中国の影響力に関するトランプ氏の不満を繰り返し、パナマが即座に変更を加えない限り、米国は「自国の権利を保護するために必要な措置を取る」と警告した。
パナマはすぐに譲歩する姿勢を見せ、米軍艦がパナマ運河を自由に通航することを確約したほか、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」から離脱する意向を示した。しかし、これらの約束は多分にパフォーマンス的な要素が強いと、カーネギー国際平和財団の副所長で元国務省高官のエバン・ファイゲンバウム氏は指摘する。
こうしたやり方は当面は効果を発揮するかもしれないが、長期的にはそうはいかないだろう。世界中の国々は巻き添え被害に身構えている。ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の推計によれば、トランプ大統領が課す当初の関税は中国から米国への輸出品の40%に影響を及ぼし、中国の国内総生産(GDP)を0.9%押し下げる可能性がある。
日本など同盟国からもすでに懸念が示されている。メキシコで製造された日本車が関税の影響を受ける可能性があるとの懸念から、3日の株式市場では自動車メーカーの株価が大きく下げた。
過去において米国政府は、不公正な貿易慣行や輸入急増、国際収支の問題などに対処するために関税を使用してきた。関税を政治的な不満と結びつけるというトランプ氏の手法は今後、他国からの報復関税や米国のイメージ悪化など連鎖的な影響を及ぼすだろう。トランプ政権下の米国は信頼のおけないパートナーであり、国際舞台から退きつつある国だとの印象をさらに強めるだけだ。
(カリシュマ・バスワニ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、中国を中心にアジア政治を担当しています。以前は英BBC放送のアジア担当リードプレゼンテーターを務め、BBCで20年ほどアジアを取材していました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Trump’s Bullying Trade Tactics Will Backfire: Karishma Vaswani(抜粋)