【悼む】江本孟紀氏、吉田義男さんと昨年11月にゴルフを共に…「私ごときに気を使っていただいて感謝」

1976,1977年に吉田監督の下でプレーした江本孟紀氏。吉田氏をしのんだ=1976年05月26日撮影

サンケイスポーツ専属評論家の江本孟紀氏(77)が吉田義男さんを追悼。昨年11月まで一緒にゴルフをしていた間柄だけに、思い出をたっぷり語った。

まさか、あれが最後になるとは。昨年11月10日。兵庫・西宮市のゴルフコンペでご一緒した。共通の知人がいたこともあり、晩年は特によくラウンドした。私の視界にはずっと、吉田さんの元気な姿があった。

お付き合いは、ほぼ半世紀になる。1976年、江夏豊らとのトレードで、南海から阪神に移籍したときの監督だった。驚いたのは、現役引退後7年にして、まだ内野ノックを受けていたこと。しかも、名手と呼ばれた藤田平より、うまかった。グラブにボールが収まる手前から、もうボールが見えない。見えるより先に送球している。誰にもマネできない守備の天才芸だった。

打撃では、400勝投手の金田正一さんが生前、「最も嫌なバッター」と振り返っていたほど。コツコツ当てるタイプだった。身長165センチ程度の小さな体で、攻守に大活躍。野球少年の希望の星といえる。

監督としてはトータルで苦労されたが、オーソドックスで、俺が俺が…と前に出るのではなく、選手を気分よく働かせるタイプだった。それが85年に球団初の日本一をもたらした一因だろう。現役時代、監督時代とあわせて、球界への貢献度は高いと、改めて思う。

晩年になっても、とにかく大食漢。あれくらい食べないと、活動意欲も生まれないし、健康も保てない。私にとっては〝食の師匠〟で、世のご老人の手本でもあった。

最後にお会いした11月。「お前の名前を殿堂入り(候補)に挙げるかもしれないから、驚かないように」と耳打ちされた。私は別に野球殿堂入りに興味はないが、私ごときに気を使っていただいて、感謝している。吉田さん。天国でも大いに食べて、ゴルフを楽しんでください。(サンケイスポーツ専属評論家)

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